空腹やNMNによってサーチュイン遺伝子が活性化すると、「若返る、寿命が伸びる」と話題ですが、
これまでの常識から離れすぎていて「サプリを売るための嘘なのではないか?」と思えてしまいますよね。
実は、サーチュイン遺伝子で若返る説については、否定的な見解も含めさまざまな議論がなされています。
この記事では、根拠ある事実と世間の憶測を分け、サーチュイン遺伝子やNMNに関してこれまでにわかっている研究結果をまとめました。
人間でも若返るかどうかはまだわかりませんが、少なくとも、サーチュイン遺伝子が寿命を伸ばす可能性があると言えることがわかります。
ルサンククリニック院長
長谷川 佳子(KEIKO HASEGAWA)
北里大学を卒業後、横浜市立大学にて美容外科を研鑽。現在は形成外科医として医療を提供する傍ら、思春期の娘と男女双子を育てるワーキング女医ママとして、クリニック治療からホームケアまで情報を発信している。
ルサンククリニック(LECINQ clinic)
NHK「NEXT WORLD」で紹介された長寿遺伝子
NMNやサーチュイン遺伝子が日本で注目されるきっかけとなったのは、NHKスペシャル「NEXT WORLD」にて、長寿遺伝子やNMNについて紹介されたことでした。
参考:NHKスペシャル ネクストワールド 私たちの未来 第2回 寿命はどこまで延びるのか
(2015年1月4日放送)
この放送では
- 医療の進歩によって、先進国では寿命が1日あたり5時間のペースで伸び続けている
- 将来、人間の平均寿命が100歳を超える
- サーチュイン遺伝子を活性化する成分NMNが注目されている
- NMNの投与により、メスのマウスの寿命が16%伸びた(人間換算で10数年)
- ナノマシン研究により、体内から病気を治療することができるようになる
など、最新医療について紹介されていました。
NMNによりマウスの老化が遅れた
NMNの長期投与によりマウスの老化の進行を遅らせることができたと報告されています。
2016年に発表されたこちらの研究では、マウスに1年間、NMN(分量は、100mgまたは300mg/kg/日)を、飲料水に加えて摂取させました。
その結果、 NMNを摂取していない通常のマウスに比べ、さまざまな老化に伴う機能低下が抑制されることが確認されました。
NMNによって抑制されたマウスの加齢に伴う症状
- 体重増加
- 加齢によるエネルギー代謝低下
- 骨密度低下
- 眼の機能低下
いずれの結果も統計有意性(P値)が5%以内となっており、非常に信頼できる結果となっています。
空腹でアカゲザルが若返った研究
2009年science誌に投稿された研究結果では、空腹状態の継続によって若さがキープできることが示唆されました。
アメリカのウィスコンシン大学が行った実験では、合計76匹のサルにおいて、摂取カロリーを30%制限した群とカロリー制限をしない群を比較しました。
その結果、カロリー制限した群のアカゲザルは、
- 加齢による死亡率が低かった
- 筋肉量が減りにくかった
- 糖尿病、がん、心血管疾患の発生が抑制された
- 脳の萎縮が抑制された
など、老化に関する様々な症状が抑制される結果となりました。
これらのデータは、空腹状態が霊長類の老化を遅らせることを示唆しています。
さらに、病気の発症が抑制されただけでなく、毛並みや姿勢など見た目も若々しくなっています。
参考記事:サーチュイン遺伝子は肌に効果あり?空腹がもたらす若返り
サーチュイン遺伝子の不備を指摘した研究
一方、「過去のサーチュイン遺伝子の研究の不備がある」と指摘した論文が2011年Natureに発表され、話題を呼びます。
「サーチュインは長寿の鍵とは言えず、寿命延長効果はないとみられる」
とし、これまでの研究結果は遺伝的背景の影響を受けた結果であると主張しました。
出典:Absence of effects of Sir2 overexpression on lifespan in C. elegans and Drosophila
さらに翌年の2012年、アメリカ国立老化研究所から
「カロリー制限をしてもサルの寿命は変わらない」
という研究結果が報告されました。
これは、ウィスコンシン大学が行ったアカゲザルをカロリー制限の研究結果と矛盾する結果となっています。
参考:Impact of caloric restriction on health and survival in rhesus monkeys from the NIA study
アカゲザルの寿命に関しては、飼育方法や餌の内容が強く関係するため、カロリー制限による効果にも影響を与えていると示唆しています。
この矛盾の要因をウィスコンシン大学が検証したところ、実験に使ったアカゲザルの体重の違いが原因であると報告しています。
ウィスコンシン大学が行った実験で使ったアカゲザルは、体重が平均より重かったのに対し、アメリカ国立老化研究所の実験で使ったアカゲザルは体重が平均より軽かったことがわかっています。
そのため食事制限の効果がウィスコンシン大学の方が出やすく、アメリカ国立老化研究所の方は効果が顕在化しにくかったと主張しています。
出典:Caloric restriction reduces age-related and all-cause mortality in rhesus monkeys
現在は、両施設はお互いのデータを持ち寄り、協力してサーチュイン遺伝子と長寿の研究にあたっています。
日本の遺伝子研究所はサーチュイン遺伝子の効果を支持
世界の長寿に関する研究は、実は日本人がかなりリードしています。
2013年、国立遺伝学研究所の小林武彦教授らは、サーチュイン遺伝子の作用する反応経路を明らかにすることに成功しました。
サーチュイン遺伝子には、ある遺伝子の数を一定に保つという作用があり、それがゲノムの安定性へ通じ、確かに寿命を延ばすことにつながっていたのでした。そしてこれこそが、長生き効果における唯一の反応経路であることを実証しました。
サーチュイン遺伝子は、本当に長寿遺伝子だった━ゲノムを安定化することで老化を防ぐ作用機序を解明━
これまでサーチュイン遺伝子が寿命に関与していることはわかっていましたが、そのメカニズムについては謎のままでした。
しかし、小林教授らの研究によって老化を防ぐメカニズムがわかったことで、老化研究の全体像が一気に見えてきたのです。
サーチュイン遺伝子によって若返るのは嘘ではない
「空腹で体が若返る」「サプリで寿命が伸びる」と聞くと、まるで御伽話のように聞こえます。
しかし、サーチュイン遺伝子が老化に深く関わっており、活性化することで若返るのは嘘ではなく研究データに裏打ちされた事実です。
「腹八分目に医者いらず」ということわざがあるように、空腹と健康の関係については大昔から示唆されてきました。
長寿研究は今も進んでおり、老化に関するメカニズムが完全に解明される日が近づいています。
とはいえ、理論が明らかになってから実用レベルまで普及するまで、長い時間がかかるでしょう。
2年で寿命が尽きるマウスなら、数年で信頼できる実験データが取れますが、人間を対象として信頼できるデータを取得するには80年近い時間がかかるかもしれません。
人間もマウスも、同じ大きさ、機構を持つ細胞でできています。
正確なデータが出そろうまで様子を見ることは重要ですが、摂取しても害がないのであれば、積極的に試してみる姿勢も大事かと思います。